高次脳機能障害者の支援～言語聴覚士として・当事者団体の支援者としての立場から

高次脳機能障害者の支援～言語聴覚士として・当事者団体の支援者としての立場から

日本歯科大学歯学部附属病院　口腔介護・リハビリテーションセンター

言語聴覚士　西脇恵子

１．はじめに

　　演者は、言語聴覚士（ST）として、また、ハイリハ東京という比較的若い高次脳機能障害者の当事者団体の支援スタッフとして、高次脳機能障害者のリハビリテーションに関わっている。今回、このシンポジウムで与えられた課題は、高次脳機能障害者への支援に関して、それぞれの立場での問題点を指摘するということであった。

２．言語聴覚士としての立場から

　　現在、高次脳機能障害のリハビリテーションで問題となる点は多いが、高じ能機能障害の診断からリハビリテーションを含む治療等に関する報告や研究がまだ発展途上にある点がまずあげられる。そのためか適切なリハビリテーションを受けていないケースが多いように思う。

言語聴覚士は従来から高次脳機能障害の一症状である失語症のリハビリテーションを担当してきた。他の症状については医療保険点数上に確かな記述がなかったことから担当することに二の足を踏む専門家はいたようである。しかし、今年度の改正で言語聴覚療法として扱う障害の分類に高次脳機能障害が明記されたことで保険点数上の足かせはなくなった。記憶障害、注意障害、遂行機能の障害、社会的行動の障害などはコミュニケーションと関連の深い障害である。今後は言語聴覚士も積極的に関わるべきだと考える。

また、高次脳機能障害者のリハビリテーションには多種多様な職種が関わっている。いわゆる医療の中のリハビリテーションに限らず、教育分野や職業の分野、地域の生活上の集団の中など多くの職種からのアプローチが必要である。現在、これらの職種がチームでアプローチしているとは言えず、他の職種が何をやっているのかわかりづらいところがある。しかし、長期的なフォローが必要で、社会的には多面的なかかわりが必須であることから考えると、当事者を取り巻く多くの職種が共通の理解の下にリハビリテーションを行うことが重要であろう。医療関係にとどまらない関連職種のネットワーク構築と適切な運用の必要性を強く感じる。

３．当事者団体の支援者としての立場から

　　まず、ハイリハ東京の概観を述べる。この団体は、10代から40代の比較的若い高次脳機能障害者と家族のセルフサポート団体と位置づけられる。STは、発足当時は会の日程や場所決定・プログラムなどにかかわっていたが、3年を過ぎた現在では、当事者および家族が運営の多くを担当しており、われわれ臨床家は支援する立場でのスタンスである。隔月の定例会のほか、情報交換や外出、講演会を開いて高次脳機能障害の広報活動を行ったり、メーリングリストを活用して、メンバーの意見交換を行ったりしている。また、継続的に同じメンバーに関わってもらうために年齢が同じくらいの学生を中心としたボランティアのネットワークをつくっている。定例会や外出、ニュースの編集・発行などを担当しているが、今後、個人的な外出などでも力になってもらえたらと思っている。

　　会員の構成を述べる。男性が圧倒的に多い（図１）。年齢では、20代30代がほとんどをしめる。原因疾患は、多くが交通事故である（図３）。その他は、脳炎や脳腫瘍

　　などの病気、スポーツや転落、暴力などの事故である。ハイリハ東京入会のきっかけになったのは、21％がST、OT,心理職などの臨床家や地域の福祉事務所などから紹介されたことと答えたが、80％弱は、自分でインターネットを見たり、新聞やテレビの記事を見てこちらに問い合わせて参加したケースであった（図３）。まだ高次脳機能障害と診断されていないケースも多いことが現実であり、大きな問題である。

　さらに、現在の社会生活状況を図５に示す。多くが通院や通所以外に決まった外出先を持っていない。就業・就学を実現できている会員は全会員の２割に満たない。就業・就学ができていても、発症前と同じ形で可能になっているとはいえず、多くの問題は残されたままである。

　　当事者団体支援者の立場として感じる問題と課題は次のような点である。

① 高次脳機能障害の診断

入会のきっかけのところで述べたように、高次脳機能障害の診断を受けていない患者が驚くほど多い。リハビリテーション医を中心とした診断基準の確立が進んでいるところだが、ますますの発展を望みたいし、できるだけ早い浸透を希望したい。

② 受け入れ先の問題

ほとんどの会員は、家庭の中を中心とした生活を送らざるをえない状況である。これは、普通の形で就業するのは無理だったり、社会のサポートが得られないことから、就業を開始・継続できない症例が多いからである。また、就業できなくても、家庭外の生活があればいいのだが、そういう場所が現在の社会には少ないし、選択する余裕はほとんどないといってよい。今後、高次脳機能障害者に理解のある、多様な外出先が望まれる。しかし、これは、個人的な努力だけではままならず、社会全体の問題でもある。

③ 親子の問題

高次脳機能障害の症状と、家庭内の生活を余儀なくされることの両面から、ほとんどの会員は、親との関係が退行する傾向にあることは免れない。健常な若者なら精神的には自立している年代だが、いつも親がそばにいないと行動できない、また反対に親のほうも自分がいないと何もできないと思い、そばを離れられないようになる。いわゆる親離れ・子離れができない状態になりがちである。

また、親の中でも、母親と父親の温度の違いを感じることがある。20代からの30代の会員の両親の年齢は40代後半から60代である。ちょうどこの年代の子育てはもともと母親が中心に行っており、父親は家庭のことは母親にまかせきりというのが普通なのだろう。このことが、障害を持ってもなかなか変わらないように感じる。ハイリハ東京でも、会に参加する親は母親がほとんどで、父親が理解しない、父親と当事者との関係が難しいというケースをよく見かける。他の障害でも同じことが言えるのだが、高次脳機能障害は一般社会の理解を得ることが難しいことを考えると当事者を支えるのが母親だけではうまくいかないことも多かろう。父親の積極的な参加が望まれる。しかし、父親が子どもの運動会でビデオを取ったり授業参観にたくさん参加するような、もうひとつ下の世代になれば、こういったことも、もしかすると徐々に変わっていくのかもしれない。

④ その他の家族の問題

親ばかりではなく、兄弟姉妹の問題もある。特に、当事者より年少の弟妹のいるケースでは、問題は大きいように思う。一見普通なのに実は変わってしまった兄や姉のことを理解できず、また本人自身も成長過程であるために問題はさらに複雑になる。親のほうも当事者の世話に物理的な時間をとられることは否めず、関係の建て直しはなかなか難しいと感じている。高次脳機能障害は当事者や親に限らず、こうした家族の問題でもある。

⑤ 社会的な行動の障害に対して

高次脳機能障害の症状として状況に応じた社会的行動がとれなくなることがある。たとえば、感情の抑制ができず人を殴って怪我をさせてしまったり、コンビニエンスストアで万引きをしたり、家の外で車や人の家のガラスを破損したり、いわゆる反社会的な行動をとることがある。これらに対して、法律的な解釈では、責任能力の有無が問われるものと思われるが、今後、きちんとした判例と解釈を積み重ねる必要があろう。これらの問題はいつどこで起こるのかわからないし、また当事者が社会に出れば出るほど起こることが予測されるからである。

⑥ 当事者団体の有効性とこれから

当事者たちは、これまでの友人関係を発症後もそのまま継続できるケースはそれほど多くない。失ってしまった人間関係を再構築できる場としても、当事者の団体は意味がある。会の立ち上げ当初から見ていると、参加当初はひとりぼっちでいた当事者と親がそれぞれ会の中で心理的に安定していく過程をたどるケースが多い。お互いに離れられない親子でも、会に参加するうちに、次第に親は親、子は子というグループを形成できるように変わっていくのが興味深い。当事者団体の会はいわば小さな社会を形成しており、そこでソーシャルスキルを体験する場でもあるのだろう。しかし、当事者団体が居宅から遠く離れていては意味が半減する。近接する地域の中で自分の母体となる会があることが理想だろう。これから、当事者団体が数多く育っていき、気軽に相談できる場として発展していくことを期待する。

１． はじめに

２． 言語聴覚士としての立場から

３． 当事者団体の支援者としての立場から

１．はじめに

２．言語聴覚士としての立場から

３．当事者団体の支援者としての立場から