設立一周年記念の集い　長谷川先生講演

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『高次脳機能障害』

長谷川　幹先生
（桜新町リハビリテーションクリニック院長）

　こんにちは。先ほどご紹介いただきました長谷川でございます。今日は高次脳機能障害という題をいただきまして、少しお話をということです。高次脳機能障害については、私自身も玉川病院にいる時にいろいろ仕事をして、現在約20年近くになるのですが、仕事がら脳卒中の人を中心におつきあいをしています。もうひとつの私の背景は、８年前になりますが、私の妻が脳卒中で、今はそれなりにかなり回復はしたのですけども、失語症と軽い右の麻痺になりました。そういう意味では、家族の体験を持ちましたので、そこでかなりいろいろなことを考えさせられました。

　高次脳機能障害というのは、新しい言葉というふうに言われているのですが、おそらく全国の皆様方のお力添えがあって、マスメディアにも取り上げられまして、非常に急速に広がりつつあるというふうに思えます。でも、残念ながら医療現場から見ても、ことばはかなり広まりつつありますけど、まだまだ実態に触れるのが、少ないのではというようにも思います。そういう中で、今日の前半は高次脳機能障害をどういう風に考えていくのか、後半は実際どういう風にこれからやっていけばいいのか、改善の程度はどうか、というあたりをお話できればと思います。

　細かいところのお話は避け

ますけれども、このレジメの４ページの絵を見ていただきます。右側のネズミ、猿、チンパンジー、人という、ところを見ていただくと、斜線だとか黒とか三角とか除きまして、白く残っているところ、ここが高次脳機能障害とからむところです。ねずみは非常に面積が小さく、１割あるかないかです。一方人は８割から９割あります。ここがネズミと人の最大の違いです。この面積の違いは、脳の中で人はそれだけいろんなことをやっているということに繋がるわけですね。足を動かす、手を動かす、体を動かすというのも、重要なことです。しかし人間は、記憶だとか、言語だとか、智恵だとか、いろんな言葉で述べられていますが、学習されたいろいろなことが脳に蓄えられて、それを発揮していることになるのだと思います。それが高次脳機能障害と関係があるのです。人間の手足を動かす、体を動かす脳の仕組みは、オギャーと生まれたときに、ある程度完成されているわけですね。つまり赤ちゃんはオギャーと生まれたとき、手を動かしたりはします。しかし言葉を話すってことはないですね。言葉をそこそこ話せるのは、２～３歳ぐらいであるし、その後も教わって発達していくわけです。すなわち、この中の白くなっている部分というのは、生まれてから徐々に発達していくところです。脳の研究では、３歳くらいがひとつの目安になります。次が大体６～７歳、それから１２～３歳というのが、ポイントになります。よく考えてみれば子どもの成長と似てますね。３歳くらいまでに、いろいろなことが非常に良く発達していきます。私が子どもを育てた経験からみても、３歳くらいで、大人がいい加減な対応をすると、子どもにつっこまれるというような場面が多少あると思います。次は６～７歳と小学校に入る前後、それから12～３歳という中学に入る前後です。こういう形で、いろいろ成長していく部分がかなり残っているのが、高次脳機能といわれているものです。平たくいうと、体を動かしたり移動するのが動物的なところで、それに対して、言語とかは人間的な要素が強いところ、という感じがしています。そういう高次脳機能が障害を受けると、じゃあどうなるのかが、大きな問題になってきます。

　脳卒中とか頭部外傷の後、片麻痺になった場合には、傍から見て、ある程度分りやすい症状です。もっとも、片麻痺も奥が深く、一所懸命やればやるほど良くなるというような簡単なものではないのです。そういうふうに、麻痺一つとっても、難しい問題はありますけど、外見で分りやすいところが、高次脳機能とはかなり違うところです。高次脳機能は一見して分りにくいため、なかなか全体的に広がっていきにくいし、それから現在でもいろいろな制度の谷間になってしまっていると思います。高次脳機能障害の中で、この前の東京都の調査でも、一番多いのが失語症と出ていました。失語症の歴史的な始まりは1840年くらいで、今から１６０年ぐらい前になります。ですから、失語症には１６０年ぐらいの歴史がある。歴史があるということは、やや広がりやすくなっていると考えればよろしい、と思います。

　失語症の場合は、ほとんどが左の脳です。これに対して、右の脳が大きくやられたときに、左半側空間無視という症状が出ます。これは左側を見落とす症状です。例えば目の前に人が立っていますと、左側の人を見ていることの認識が少なくて、主に右側の人を見ていると認識しています。正面を向いている時は、右側へ引かれていくように、正面からいつもやや右を向いています。そういう症状も、外観的にはなかなかわかりにくい。本人の視野でどうなっているかは、周りにはなかなかわかりにくいのです。そういう方は失語症がないですから、会話をしても当然ごく普通のような会話をします。しかし、例えば一緒に風景を見ていて、左側の風景の話をしたとすると、反応がおもわしくないことがある。その時「あれ？ちゃんと見てるのかしら」と言う形で気がつけば良いのですけれども、そうではなくて、「私の話を聞いてないじゃないの」というように思ってしまうと、トラブルを招きかねません。失語症の人の場合には、専門用語的には「錯語」という典型的な症状があります。自分は鉛筆と言ってるつもりなのに、消しゴムと言ってみたりする。そういう混乱があった時、「あれ？ちゃんと解っているのかしら」と思われると、問題が生じるのではないでしょうか。

　同じように、記憶障害の人も誤解を招くことがあります。記憶障害の場合は、一般的には、新しい近い記憶、つまり病気やけがの後の記憶がしっかりできない傾向があります。また病気やけがの前後、例えば半年とか1年くらいの間の記憶が定かでない時期もあります。しかしそれ以前、5年前とか10年前とか、もっと前の記憶に関しては、非常にしっかりしています。ですから、いわゆる常識的な範囲では話がうまくできるし、目の前で起きていることについては常識的な判断ができ、分析する事もできます。ただし、10分前に話した話を忘れていることがありますから、つながりの無い話になって、だんだん混乱を来たしていくことがよくあります。そうすると、障害のない人にとっては、そこの切り替えが非常に難しい。いい感じで話をしていると、突如話の流れとは違う話になってしまう。そうすると、普通の思考過程からいくと、大転換をしないといけないわけです。おそらくこれは、強烈な印象を与えることだと思います。そのように、非常についていけないという場合もあるかもしれないし、やや場当たり的な話になったりすることもあると思います。それから行動に関しても、前とのつながりが無い行動に出ることもあります。これも驚く範囲ならまだいいですけれども、混乱をきたしていろんなトラブルに巻き込まれていく、ということもおそらくあるかもしれません。

　私の経験した方で、記憶の障害が非常に重い方ですが、先日のNHKのテレビをご覧になった方はわかると思いますけれども、家のあちこちに張り紙をして、毎日「歯をみがいて下さい」と家族が言う、という場面があったと思います。あの方は、行動の次の流れを追っていけないですし、今やったことをすぐに忘れてしまうわけですから、日常生活をパターン化できなくて、毎日家族が追っかけていかなければならないですね。

　私の外来に来られた方で、重い記憶障害の方がいます。その方が保健所のリハビリ教室に行かれ、女性の方ですから、皆さんにお茶を出してもてなすのも非常にうまかったりするので、周りの人は、職員と思ったりする。私の外来にいらっしゃって、私の顔はなんとか覚えていただきました。我ながら嫌な質問と思いながら「今日は何月何日ですかね？」とチラッと聞きますと、覚えておられないのです。ただし、嫌な医者だと後から反省したのですけれど、私が何月何日と聞くことだけは覚えていて、外来の時「今日、日にち聞きませんね」と言われました。そこだけ記憶に残っているようで、「じゃぁ、何日ですか？」と聞くと、全然答えられないのです。私の名前は幸い覚えていただきましたけれども、日常生活の中では、一日の流れを追っていけないし、自分の行動を覚えていられないのです。例えばお風呂に昨日入ったのか、おととい入ったのかを忘れます。昨日入ったから今日はいいかと思っても、実は1週間前に入ったとすれば、入らないとまずいではないですか。家族の人が勧めても、何となく気乗りがしないとか、お風呂ひとつ入るにしてもそんなことですから、おそらくいろんなことで問題が起きているはずです。それからご本人の自覚が非常に薄いものですから、本人と周囲のギャップがまた、非常に悩ましい。そんな中で、全体としては非常にしんどいし、シビアです。

　私の少ない経験からですけれど、実際にどのような改善過程をたどるかについてお話したいと思います。いろいろな症状がまだ的確に捉えきれないことがあるので、例えば非常に怒りっぽいことなどを含めて、この辺は大枠のことしかまだ話す事はできませんが。

　様々な高次脳機能障害の方とおつきあいしていますと、けがや病気から3ヶ月とか半年とかいう時期は、前途が真っ暗な話がかなりあります。3ヶ月とか6ヶ月という頃は、例えば脳卒中で、片麻痺の人は急速な回復を示し、6ヶ月以降は比較的なだらかに移行するというのが一般的です。しかしそれを高次脳機能障害に当てはめようとすると無理があります。高次脳機能障害は、3ヶ月から半年くらいの時期に非常に重い状態でも、それから改善していきます。それまでは改善しないとは言いませんけれども、本格的に改善していくのはそれからです。大体の考え方としては、３ヶ月から半年くらいは、ある意味では準備期間、回復するために全身を調整する期間と思います。

　ところで、脳のある部分が傷つきますと、そこの脳細胞は死滅し、残念ながら回復しない。ただし、脳はいわゆる、柔軟性とか可塑性があり、新しい神経の枝が出てきたりすることがあります。それと同時にそのやられたところがあるために、一時的に脳全体が混乱をきたすと言われています。ダメージが大きいと、たいてい少なくとも３ヶ月ぐらいは脳の中は混乱しています。ですから、混乱した行動をしたり、混乱した言葉のやりとりが結構あります。高次脳機能障害は、３ヶ月から半年くらいは、脳全体の準備をして、少しずつ整理をしているという印象があります。ですから半年、１年と言った単位で改善している人がたくさんいます。

　私の経験した方で、４０代後半の方でしたが、重い記憶障害があって、私の名前もなかなか覚えられない。それから時間の流れですが、例えば時計を見れば何時何分かわかりますけど、お昼ご飯を食べて、それからだいたいこのくらいの時間がたっているとすれば、今頃は１時から２時くらいの間かなといった、時間の流れの感覚が普通はあると思いますけど、記憶が無ければそういう時間の流れに乗れません。そういう方が、２，３年後に何とか仕事に戻れたという経験があります。ただその途中が四苦八苦しました。会社では営業の仕事で、時間で動いていますし、それからいろんな情報がいろんなところから入ってきますから、うまく仕事ができないということがありました。たまたま、７年くらい前にコンピュータの修理の仕事をされていたということでしたので、それならば出来るかなということで、そっちに回していただいた。新しいことは少しずつ周りに教わりながら、数年かかって仕事にうまくのってきています。

　ただ途中では、仕事場で、僕らが会社の人と御本人も同席しながらお話したことがあります。30分くらいの話し合いが終わるころ、「じゃあ今後ともよろしく」と言おうとした時、その方が「今日は何話しましたっけ」とぼそっと言ったので、僕らはどうしよう、会社の人にどう受け取られるかと思いました。でも、非常に好意的で、そういうこともひっくるめて会社に受け入れていただいて、いいポジションで仕事を続けられています。そういうふうに、半年、１年単位で、１年、３年、５年、１０年という形で回復していくと思います。

　失語症の人でも、病気して２～３年で、まだ人前で話すことができず、日常会話にも困難を極めていた人ですが、言語聴覚士が協力している失語症友の会で会長をされまして、そのことがいいきっかけとなったことがあります。と言うのは会長ですと、会が始まる時に挨拶をしなくてはならない。すると、前もって一所懸命考えてしゃべろうとする。そんなことを、毎回繰り返すことによって、８年か９年後には、人前でかなり話ができるようになり、体験談も述べられるようになりました。

　このように、年単位で改善するというのは、単に年が経てば改善するというわけではなく、その間にどういうことをやるかが非常に重要だと思います。障害で制約はありながらも、御本人の意思で、行動をどうするかということが重要です。行動を決めて、どう実践していくかが「キー」だと私は思います。私のような者が言うのもなんですけども、人間にとって、何か物事をやるとき、人から勧められ、お膳立てをされて、うまく乗ってやったという時の実感と、自分が中心になって、自分で考えて、自分で行動を起こしてやった時の達成感というのは、かなり差があると思うのです。ですから、障害があり、制約はありますが、自分の持ち場を作り、その人の行動をまわりがサポートして、うまくやれたという実感をその人が持てること、その積み重ねです。ほんとに小さいことから始めていいのですけども、そういうことの積み重ねが、良くしていくのだと思っています。

　これはイギリスで聞いた話ですけども、ヨーロッパ風だなと思うんですが、自己選択・自己決定の一番簡単なこととして、食事の時にナプキンを２色用意して、どっちかを選択してもらう、というようなことをさりげなくやります。そういう簡単なところから始めるということを聞いたことがあります。要するに、普通はいろいろな行動をおこす時に、２つとか３つとか、いろいろな選択肢がある…ということです。例えば、遊びに行くにしても、普通私たちは、いろいろな遊びの中から選択してやってるわけですが、障害になったということで制約が出てしまう。それから、集団でないと面白くない遊びでも作業でもスポーツでも、障害の制約により、人数が少ないとうまくいかないということもあると思います。そういう時、どうしたらうまくつなげていけるかを工夫することが、まわりにとって大切だと思います。

　その際、当事者の人が、制約のある中でも、自分で選択して決める、自分で行動を起こすことが非常に大切と思います。例えば、私がこのような方たちと旅行に行き、大勢の方たちと交流するときは、その人たちに最初に挨拶をしてもらいます。その場で決める場合もありますし、前もって準備してもらう場合もあります。前もってという場合には、何をしゃべろうかと言うことがお家で話題になります。普通、障害を持った人がいる場合、家族は介護する側、障害のある人は介護される側に、一般的にはなっています。この日常的な関係の中で、このような話がでると、当事者の人が、ある意味では主役になるので、そのことにいろいろなアイディアをお互いに出し合って、話しをするということになります。それは、介護する、介護されるという日常の関係とは違う関係が生まれてくることです。それと同時に、自分の言葉で何か語らないといけないということが大きな違いです。当事者の人に後でお聞きしますと、ちょっと自信がついたということを言ってくれます。記憶障害の方にとっては、自分のやっていることが、人の役にたっているということがインパクトになります。そういうインパクトがいろいろな意味で、刺激になるし、改善をしていくきっかけにもなると思います。それと同時に、うちの中に、一つの話題で占めている時間ないし空間ができるということです。挨拶が終わると、それがうまくいったとか、また話題になり、そのような意味では、生活の中身が違ってきます。小さいことだと思いながらも、かなり意識してそういう積み重ねをやることが、私は非常に重要だと思います。そのことから、少し自分はやれるとか、だんだんやれそうになっていく経過をたどることが分ります。

　高次脳機能障害のない、いわゆる片麻痺の人たちでも、気持ちの改善が3年から5年ぐらいかかっているのはそう珍しくありません。特に高次脳機能障害の場合、周りからの理解もなかなかされにくいということもあるし、当事者の人も、記憶障害の方だと、なかなか連続性がわかりにくいということもあります。インパクトのあることが、時々起こる事になれば、やっぱりその中でおそらく徐々に変わっていく。そのことが、半年１年単位で変わっていくことにつながっていくかな、というふうに思っています。おそらく今日、こういう形でいろんな人たちとの交流があるこういう会が開かれると、この中のインパクトが、お互いにあちこちに張り巡らされていくだろうと思うわけです。そういう中で、当事者の人たちが元気になっていくし、それと同時に、機能的な改善もはかれていくだろう…というような力がここには結集されていると思います。

　そうはいっても、まだどうしていいか戸惑っていて、なかなか情報に到達しない人もたくさんいらっしゃるのも現実です。先日ふらっと船橋がテレビに出た時、番組の途中、全国から電話が殺到したらしいのです。そういうことから考えると、まだまだ裾は広がっていないというのが実感ですし、それから家庭の状況からいっても、動きづらいのもまだまだあるとは思います。やっと、皆さんの力が少しずつ浸透して、今年国も動いてはきたと思います。これからが、高次脳機能障害の方が、社会的にある程度いろいろな形に展開でき、生活も社会的な活動もできるようになる正念場だと思います。

　私たちは、いろいろな形でご協力したいと思いますが、今言ったような、当事者の人が行動できる場を作っていくことが大きな課題だと思います。最初はイベント的に、月に一回くらいからで始まると思いますが、それを、どのように日常性に結び付けていけるかが、大きな課題とも思います。それが出来て、自分で行動を起こせる場が日常的に保証されることになれば、当事者も実感ができ、改善のスピードも速まるだろうと思うわけです。これから世の中に、小さいグループも含めてでしょうが、どれだけ広がっていくのかが大きな課題だと思います。我々医療関係者が協力していく気持ちには変わりませんので、一緒にやっていき、全国にいい形で広まっていけば良いと思います。

　最後になりましたが、障害を持っていると非常に苦難もあるし、どのように良い時を迎えられるかというのも大きい問題ですけども、いろいろな障害の方と付き合ってきて、障害があっても新しい体験をしたとか、良いこともあるという発言が最近少しずつ見られてきています。そこに行くまでには非常に長い道のりがあったと思いますが、そういう人も現れて来ていますので、良いことにつながることがあれば、と思います。
　是非今後ともお互いに協力していい形にしていけたら良いと思います。どうもご静聴有難うございました。

テープ起こし担当：日本福祉教育専門学校言語聴覚療法学科
大石芳恵・鎌田友子・佐藤恵美子・木村佐知子

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『高次脳機能障害』 長谷川 幹先生 （桜新町リハビリテーションクリニック院長）

『高次脳機能障害』

長谷川　幹先生
（桜新町リハビリテーションクリニック院長）